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   <title>無意味生活</title>
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   <subtitle>ネタとしか思えない物たちや気になるあれこれ・・・</subtitle>
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   <title>私が理想とする男の孤独感　3</title>
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   <published>2012-02-03T06:16:49Z</published>
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      いま、白州次郎なんかが日本一かっこ良い男だったなんてブームになっていますね。


でも、私は田村隆一のほうが断然かっこ良いかな、って思うのですよね。


文章が全然古臭くなく今でも新鮮で、それをこの時代に書いたというのがすごくかっこ良いですね。


『純粋詩』上で書かれた「紙上不眠」が私には特に響きます。


・・・それですごく好きになっていろいろと読みあさりました。


それまでは気がつかなかったのですが・・・


知人や尊敬する本屋さんや仲のいい友人の家にも田村さんの本をみつけ、あらためてそういう人が好きになる作家なんだと思いました。


何気なく憧れている男性もいます。


「田村隆一、いいですね」というと「当たりまえじゃん」って顔する人も多いのですよ。




      
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   <title>私が理想とする男の孤独感　2</title>
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   <published>2012-01-10T06:15:59Z</published>
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      そのときから店員さんがもう気になって気になって、次の日、自分で探しに行って買ってきたのだそうです。


谷川俊太郎さんや高村光太郎さんとか、そもそも売れる詩集ってありますよね。


この本は、それとは全然違います。


何ていったら良いのか・・・


孤独で、冷たくて、かっこ良いのです。


普段は小説ばかりを読んでいたせいか、物語のほうがすごい、って思い込んでいました。


それがあっさり覆されたのです。


詩のほうがすごいんじゃないかって、初めて思いました。


こんなに短い文章や言葉で人の心がこうも揺さぶられるのか、とこの詩集を読んで初めてわかかりました。



      
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   <title>私が理想とする男の孤独感</title>
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   <published>2011-12-04T06:13:15Z</published>
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      こんにちは。


今日は、わたしがオススメした本を紹介しようと思います。


まずは『田村隆一詩集』。


私が通っている本屋さんには、この本は平積みされています。


いつもずーっと平積みにされて、続、続々と3冊並べられています。


そんなお店あんまりないかもしれませんが・・・。


店員さんが田村隆一、盛り上がってブームになればいいな、って思っているのでしょう。


この本がここで平積みされるようになったきっかけは、店員さんと作家の石田衣良さんと対談したときなんだそうです。


講談社のある仕事だったそうですが、石田さんがグシャグシャになったこの田村隆一詩集だけを手に持って現われたのだそうです。


それをテーブルの上にポーンと放り出して、


「『好きな詩人』という仕事があって、自分がいちばん好きな詩人が田村隆一だ」


・・・って話をしたのだとか。


石田さん、かばんも持たず、その詩集だけを持って来たのです。


何も持たないけれど、本だけ持ち歩いているっていう人、いいですよね。


      
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   <title>日本が近代化した要因　5</title>
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   <published>2011-11-13T02:47:26Z</published>
   <updated>2011-11-13T23:01:04Z</updated>
   
   <summary>明治維新後の急速な発展要因としては、その他に、いろいろな理由・・・ たとえば、貨...</summary>
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      明治維新後の急速な発展要因としては、その他に、いろいろな理由・・・


たとえば、貨幣経済の発達、商品経済の一般化、交通・通信施設の発達などをあげることができると思いますが、以上の点を私はとりあえず強調しておきたいと思います。


・・・このような短期間における近代化の成功は、他面で非常に大きな暗い影を経済自体あるいは国民生活に投げかけました。


明治政府は、短期間に工業化を急がなければなりませんでした。


資本蓄積を急ぐ一方では、人口は過剰という状況でしたから、賃金は相対的に低くなり、その結果、国民の消費生活は貧しく・・・


また、貧富の差は徳川時代ほどではないにしても、大きなまま残されることになりました。


いずれにしても、「文明開化」という言葉がこの時代についていわれますが、国民全部がそれを享受したわけではありません。


また、当時の世界経済状況をみると、冒頭にのべたように植民地主義が非常に活発であったことから、明治政府は、国の独立を守るための軍事力の近代化も急がなければならなかったのです。



      
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   <title>日本が近代化した要因　4</title>
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   <published>2011-10-09T01:46:41Z</published>
   <updated>2011-10-25T22:03:11Z</updated>
   
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      今日、日本のいわゆる識字率がほぼ100%に近く、上級学校の進学率が高いのは、早くからこの教育に重点をおいた政府の方針によるものと思われます。


・・・現在、高校進学率は90%、大学進学率は35%に及んでいます。


もっとも、上級の学校へ進むこと自体が教育の進歩を示すわけではありませんし、また逆に弊害を伴うことさえあります。


今では進学率を教育発展の指標とするには限界があります。


・・・この教育の普及が、一面では近代化思想を受け入れる素地をつくると同時に、経済的には新しい技術を消化する能力となって近代工業の発達に貢献したと思われます。


そうしたなかで近代的な企業が、政府の支援と当時芽生えつつあった近代的な企業家精神をもった経済人の協力によって誕生したということがあげられます。


三井、三菱(岩崎)、住友といったいわゆる財閥は、新政府誕生以前にすでに力をつけていましたが、このときにその発展の基礎を築いたケースが多いのです。


・・・これらの企業はとくに鉱業、綿紡績、機械産業、商社で、独占的地位を築きましたが、商業銀行の分野でもその力を強めました。


      
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   <title>日本が近代化した要因　3</title>
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   <published>2011-09-01T01:45:57Z</published>
   <updated>2011-09-08T22:02:05Z</updated>
   
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      政府はそれらの海外から帰った人、とくに下級武士出身者を中心にした若い人を重用しました。


その点では、今日の海外諸国とくらべると、いわゆる頭脳流出がほとんどなかったことに驚きを感じます。


彼らはひとつの使命感に燃えて海外で学び、それを日本の近代化に直接貢献することにあてたのです。


第三番目の理由は、教育の普及であります。


教育はすでに新政府以前の18世紀の徳川時代において・・・


いわゆる寺子屋や藩の学校などの組織を通じて、ただ単に当時の支配階級であった武士のあいだのみならず、一般の大衆のあいだにおいても、読み書きや算術(珠算)をはじめ、医術や天文学などを含めて教育はかなり普及していたと考えられます。


徳川時代は閉鎖的な封建制でしたが、戦乱がなく、平和なときは、金を持った町人が学問に金を投じたということも、その背景の一つであったといわれます。


その土台のうえに明治の新政府は義務教育を徹底させ、教育の普及を図りました。


西欧の学校制度として、はじめはフランス、ついでアメリカ、ドイツなどの制度を参考にして日本の学校制度がつくられました。


      
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   <title>日本が近代化した要因　2</title>
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   <published>2011-08-08T01:45:17Z</published>
   <updated>2011-08-09T22:01:03Z</updated>
   
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      現在、日本のプロ野球では、たとえばアメリカの大リーグで活躍していた選手に、日本の選手より格段に高い報酬が支払われていますが、当時の格差はもっとケタ違いのものでした。


「お雇い外人」がピークに達した1874年にはその数は527名になり、とくに工部省(戦後の通産省)では「お雇い外人」の40%にあたる228名の外国人を雇用しました。


そして工部省の場合、その予算の3分の一は、これら「お雇い外人」のためにあてられたといわれます。


いかに先進技術の取り入れに積極的であったかがわかります。


ただし、日本側がある程度、新技術に習熟すると、それらの人に代わって日本人が責任ある立場に立ちました。


「お雇い外人」の数は急速に減らされ、1886年には155人に、1895年には79人に減りました。


また当の日本人も、貧しいながらも政府の援助を受けて積極的に海外に留学し、その地において学び、日本に新しい制度、技術を持ち帰りました。


その数は1881年までに6000人に達しました。


      
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   <title>結婚をめぐって　2</title>
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   <published>2011-07-11T08:24:09Z</published>
   <updated>2011-07-11T22:01:17Z</updated>
   
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      <![CDATA[彼女は言葉を続けました。


「最初の恋愛でもう愛する力を使い果たしてしまったんじゃないか、あれ以来、すべてを捧げて愛することができなくなったんじゃないか、っていつも考える。


考えても分かんないけどね。


でも、たとえわたしたちがもうすぐ結婚する恋人同士のように親密で、夫婦のように暮らしていたとしても・・・


一度も自分を忘れるほど彼を愛したことがないということは、自分でもよく分かってるの。


わたしの気持ちをどうしても彼に分からせることができない、わたしは理解されづらい人間なのよ。


彼が最愛の人ではないと分かってるし、もし別れるようなことになってもそれほど悲しくないだろうから、彼に対してはどんな態度をとってもいい、すべて自己中心的でいいって思うのね。


・・・たとえば、彼が休みたいと思っているのに、わたしはビデオが見たくて彼を追い出したことがあった。


ほかにも一度だけだけど、彼がいない時、そばに居て欲しいと突然思い立って、電話で今すぐ帰って来て、といったことがあった。


真夜中じゃないかって彼がいっても、それが何だっていうの、来なかったらビルの入口で待ってるからっていい返した。


自分でもムチャクチャで横暴だって分かってるけど、抑えられなくなってしまうの」。


そんな横暴な彼女も、<a href="http://www.1stclub.com" target="_blank">国際結婚 相談</a>所で知り合った男性とこの夏にゴールインします。


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   <title>民俗調査の報告</title>
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   <published>2011-06-13T04:26:11Z</published>
   <updated>2011-06-28T04:27:33Z</updated>
   
   <summary>民俗調査の報告にも「実際に犬を地中に埋めて首だけ出して飢えさせ、飢えきったところ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://china-chengdu.com/">
      <![CDATA[民俗調査の報告にも「実際に犬を地中に埋めて首だけ出して飢えさせ、飢えきったところでその首を切り落とし、かくしてえた首に涌いた蛆を、金もうけのお守りだと称して売っていた巫女がいた」(石塚尊俊「愚きもの」とあり、こうした呪術がつい最近まで生きていたことが知られる。


強い恨みをあえて受け、その怨念を呪力に転換するということは、呪術の世界では比較的よく見られることです。


橘奈良麻呂が子ギツネを串刺しにしたという『日本霊異記』の記事も、狐の怨念を利用した呪誰であったようです。


現代の例では、インドネシアの呪術師が治癒力を増すために四十二人もの女性を殺害したという事件が発生しています。


話は変わりますが一般的な普通の占いで、<a href="http://www.e-aine.com" target="_blank">電話占いならココ</a>って所がやっぱりいいですよね＾＾
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   <title>映画にあれこれ言うてみる</title>
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   <published>2011-06-07T03:27:33Z</published>
   <updated>2011-07-07T03:29:13Z</updated>
   
   <summary>『インデペンデンス・デイ』を嫌いだ、とあからさまに言う人もいます。 決戦前夜の大...</summary>
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      <![CDATA[『インデペンデンス・デイ』を嫌いだ、とあからさまに言う人もいます。


決戦前夜の大統領演説に集約される通り、アメリカ中心主義が見え透いていて、ある種のプロパガンダ映画と見えなくもないからです。


が、当協会理事長兼会員は、本作を愛しています。


なんべん観てもため息が出るくらい愛しています。


ハリウッド大作においても十指に入る火薬量(CG漬けの昨今に較べて、ミニチュアを併用した本作の爆発のなんとコクのあることよ!)をして言っているのではない。


大統領からトレーラーハウス暮らしの酔っ払いに至るまで、アメリカを象徴するあらゆる階層の登場人物たちを巧みに切り回し、そのすべてに見せ場を与え、クライマックスに向けて収敏させてゆく。


大作エンターテインメントを志向する者には、ほとんど奇蹟のように見える脚本の見事さにため息が出るのです。


こうやって映画レビューを書いていると、いつか<a href="http://www.rental-station.jp/" target="_blank">ビデオカメラ レンタル</a>して撮りたくなりますねｖ
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   <title>結婚をめぐって</title>
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   <published>2011-06-03T08:21:34Z</published>
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   <summary>今日は、結婚をめぐって起こったある男女のいさかいについての話をしたいと思います。...</summary>
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      <![CDATA[今日は、結婚をめぐって起こったある男女のいさかいについての話をしたいと思います。


<a href="http://www.1stclub.com" target="_blank">国際結婚 相談</a>所に通うある女性がいました。


彼女はこんなことを言いました。


「彼も編集とか記者の仕事には気を配ってくれて、求人があるとすぐにわたしに応募書類を用意させ、励ましてくれた。


でも何度もうまくいかなくてわたしの気持ちがだれてきても、彼はわたしが今の雑誌社の仕事を見つけるまで、変わることなく励ましてくれた。


そんな風にしてくれるのもぜんぶわたしを愛してるからだって知ってるのに、それでも拒絶することができる？


わたしたちは自然に今の関係を作り上げた。


でも、前の彼ほど、今の彼にすべてを捧げることができないことは、自分でもよく分かってるの」。


彼女は手のなかで揉みしだいてくちゃくちゃにしたぼんたんの皮を、足もとの新聞紙の上に放り投げました。


横から見た彼女の眼には涙が光っていました。


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   <title>日本が近代化した要因</title>
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   <published>2011-05-28T01:44:17Z</published>
   <updated>2011-05-30T08:27:18Z</updated>
   
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      政府が積極的に欧米先進国の制度、技術を取り入れ、それを日本人と日本の風土に合うように消化することを努めたことです。


ただ単に金融、信用などの経済制度だけでなく、法律全般、さらには軍事的な組織においても、たとえば、海軍はイギリス方式に、陸軍はフランス方式にといったように、海外先進国のすぐれた先進的な制度を取り入れたのです。


また、産業の点では、当時の発達した技術・・・


たとえばイギリスの紡績技術、製鉄技術、採炭技術などを積極的に導入し、日本的に消化しました。


医学も、ヨーロッパ、とくにドイツから取り入れました。


今日、産業や科学の分野でさまざまな外来語たとえばステーション、カルテ、ガス、コークスなど・・・


これらが日本語として使われていることを、外国人の読者は発見されるでしょう。


この海外からの先進制度、先進技術を導入するにあたって政府はきわめて莫大な金を投入。


また、技術者や産業の指導者として招聰した海外の専門家に対しては、当時としては驚くほど高い報酬を支払うことを惜しみませんでした。


      
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   <title>経済の真の姿　2</title>
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   <published>2011-04-11T04:26:28Z</published>
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      もっとも、海外ではこうしたプロジェクトには国営銀行や保証債などによって充分な融資が行われているのですが・・・。


結果は無残なものです。


かつては世界の驚嘆の的だったアメリカの生活水準は、ヨーロッパの福祉国家をはるかに下回ることになってしまいました。


アメリカの貿易は慢性的な不均衡に陥ったが、これはおもに工業に競争力がないためでした。


政府の財政赤字は、国の乏しい資本の上に、始末のつけられない山のような未来の請求書として無気味に迫っています。


投資基金と赤字を補填するためには欠くことのできない財源であるアメリカの貯蓄額は、これまでも長い間海外のライバルの維持する水準よりはるかに低かったが、さらに空前の低さにまで落ちこんでいます。


実質金利(インフレーション調整後の)が上昇すると、失業率も依然として高くとどまっています。


倒産は1983年に始まる周期的な経済上昇期にもなお記録的なレベルでつづき、深刻な経済不安の続くことを匂わせていました。


1983年の景気回復を予測したエコノミストはほとんどなかったが多くは前途に不況を予見していました。


・・・一般にはこのような景気回復は、戦争後によく見られる典型的な出来事だと見なされていました。



      
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   <title>経済の真の姿</title>
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      アメリカは1970年代末から1980年代初めにかけて、一人一時間当りの生産高の実質的低下によって示されるように、生産性の低下という重大な危機に追込まれました。


このため、産業の実績と見通しでもヨーロッパやアジアのライバルにかなり水をあけられることとなったが、いずれもこれまでより経済の潮流や発展が広範囲にわたるようになったためです。


長期にわたるエネルギー資源の不足は資源価格の負担を着実に増大させてきました。


かつて類をみないほど危険で厄介な環境汚染問題の発生によって、乏しい資本から産業衛生の面への支出も着実に増えていくでしょう。


負債を背負いながらもどうにかもちこたえている、この低成長の時代は、よろめきながら急速に新しい大恐慌時代へと移行していくのかもしれない、と多くの専門家は予測しました。


このような大きな背景のもとで、アメリカの企業に対して次のような狭量な非難がわきおこっています。


みずから事務処理の泥沼にはまり込みながら、彼らはまた経済を〈空虚な企業家主義〉の泥沼に沈めようとしているというのです。


会社のジェット機を乗りまわし、法律と金融に精通した、高給取りの経営者たちは、海外のライバルたちの優れた工業技術、製造力と生産性には、3百代言的手段と保護主義の陳情運動、金融の操作をもって対抗しています。


また、4半期ごとの儲けを増すために株式市場の需要にのみ心を奪われて、資本の投下、研究、その他の長期プロジェクトに金を惜しんでいます。

      
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   <title>ある実業家の話　2</title>
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   <summary>J・R・シンプロットはかつてのフロンティアに幌馬車でやってきて川沿いのヤマヨモギ...</summary>
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      J・R・シンプロットはかつてのフロンティアに幌馬車でやってきて川沿いのヤマヨモギを切払い、世の中が大恐慌時代に入ろうとする時にビジネス帝国の建設へと船出し、齢70歳台に達してからさらに半導体企業の創業に2兆ドルを賭けました。


・・・彼の偉さはどこにあるのでしょうか？


これは昔からよくある赤貧から大金持ちへの物語であって、現実のアメリカの抱える問題には関係のない話だ、と識者には思われるかもしれません。


・・・たしかに、同業者やワシントンのコンサルタントあたりから見れば、個人の富のロマンスなど世界経済のかかえる大きな問題の理解にとって邪魔物でしかないでしょう。


いわゆる〈企業家の神話〉はせいぜい暗い未来をなぐさめる子守唄として役立つぐらいだというのが学者たちの意見です。


つまり、もはや〈カウボーイ資本家〉の素朴な男っぽい勇気に頼って成功を求めることができなくなった現代では、責任回避と欠点が目立つ官僚機構の中でしだいに強まる個人の無力感からお人好しの目を逸らせるエピソードにしかすぎないということです。


現実の経済は、有能なアナリストによれば、互いに競争関係にある多国籍企業、国家の産業政策、そしてマクロ経済学の潮流によって成り立っていて、これらは個々の企業家の素朴な力や熱意などを圧倒してしまうのです。


      
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