日本が近代化した要因 3
政府はそれらの海外から帰った人、とくに下級武士出身者を中心にした若い人を重用しました。
その点では、今日の海外諸国とくらべると、いわゆる頭脳流出がほとんどなかったことに驚きを感じます。
彼らはひとつの使命感に燃えて海外で学び、それを日本の近代化に直接貢献することにあてたのです。
第三番目の理由は、教育の普及であります。
教育はすでに新政府以前の18世紀の徳川時代において・・・
いわゆる寺子屋や藩の学校などの組織を通じて、ただ単に当時の支配階級であった武士のあいだのみならず、一般の大衆のあいだにおいても、読み書きや算術(珠算)をはじめ、医術や天文学などを含めて教育はかなり普及していたと考えられます。
徳川時代は閉鎖的な封建制でしたが、戦乱がなく、平和なときは、金を持った町人が学問に金を投じたということも、その背景の一つであったといわれます。
その土台のうえに明治の新政府は義務教育を徹底させ、教育の普及を図りました。
西欧の学校制度として、はじめはフランス、ついでアメリカ、ドイツなどの制度を参考にして日本の学校制度がつくられました。